銀の世界史

スペインは、ポトシ(現ボリビア)やサカテカス(現スペイン)で銀山を開発。この銀はマニラへ運ばれたため、明に流出した。同時にオランダは日本銀を用いて貿易を行っていたため日本銀が明に流出した。明は銀が大量に流入したため一条鞭法により、銀を納税化した。これにより貨幣経済が浸透した。また、大航海時代の進展に従って、世界貿易の中心が地中海沿岸から大西洋沿岸に移った(商業革命)。さらに、アメリカ大陸からの銀の流入によりヨーロッパでは急激に物価が高騰した(価格革命)。その結果、西欧では好景気による発展が可能になり、東欧では農業領主制により輸出用穀物を扱っていたので西欧への従属が強まった。西欧のオランダでは、宗教改革オランダ独立戦争によって経済の中心地がアントウェルペンからアムステルダムに変わる。ここは世界貿易と国際金融の中心として繁栄した。イギリス・オランダの東インド会社が繁栄するが、基本的には銀を持って行って、インドなどアジアの品物を買ってくるという状態であった。特にイギリスはインド=キャリコ(綿織物)を購入していた。この状態は18世紀以降まで続く。 

 

 

『世界史のパサージュ』 

p.115、p.141、p.147参照 

この資料集の説明事項に 

関連項目追記ページが示されています。